皆様こんにちは。ついに梅雨入りしてしまい、さっそく日本各地で雨だ台風だと大騒ぎしていますね。
どうも、日本の伝統・文化からナチュラルを追求する担当のshioriです。(本当は担当なんてありません)
本日は筆者も大好きな日本の夏の名物「花火」についてご紹介したいと思います。
「花火」の中には一体どんなナチュラルが隠れているのでしょうか。
花火はなぜ「花」「火」なのか。
そもそも。花火という名称はどこから来たのでしょう?
「火の花」なんてとても粋ですよね。
この粋な名称と日本の夏の風物詩であることから日本由来のものと思われがちですが、
花火の起源は古代中国の狼煙なのではないかという説があります。
そこから火薬の技術の発展と共にヨーロッパや日本へ渡って各々進化を遂げたのだとか。
ということは空に咲くあの花々もシルクロードを辿っていったのでしょうか。
砂漠で花火、観てみたいですね。
そして日本での花火の歴史は、実は詳しく分かっていません。
古い記録では室町時代の日記(建内記)に登場しているそうで、これは唐人が見せてくれた花火の記録なのだとか。
ですので正直なところ、いつ、どんな由来で「花火」という名称が付けられたのかは分かりません。
しかしこれから紹介するものを見ていけば、ある一つの仮説を立てられることでしょう。
花火には名前がある。
花火というと、大空に打ち上がるものを真っ先に想像する方と、手持ちで遊ぶものを真っ先に想像する方に分かれると思います。
ちなみに筆者は前者です。
この大空にどーんと咲く花火は「打上花火」と呼ばれますが、この中でもさらに細かく種類が分かれています。
そしてそれらにはキチンと名前がついているのです。
花火には「牡丹」がある。
「割物」は一つの球状に花開くので、どの角度から見ても同じように見えるのが特徴です。
最もスタンダードな打上花火の形ですね。
実はこの球状の花火こそ、日本独自に発展したものなのです。
その中でよく見るのが、花火の粒一つ一つ(これを星と呼びます)がハッキリと光る「牡丹」
牡丹の花は大きな花弁がフリルのように広がりつつ、中心の雄しべと雌しべを包み込みます。
まるで星座のように、この点々が繋がって牡丹の大きな花弁を連想させるのでしょう。
また牡丹は基本的に球が二重構造になっており、内側の球(芯と呼びます)が花弁に包まれた雄しべと雌しべに見立てられています。
花火には「菊」がある。
もう一つ、特に絵としてもよくモチーフになるのが、星が尾を引くように光る「菊」
菊の花は花弁が細く、カーブを描いて中心から広がっています。
そう、正に花火が描く形が下向きの菊にそっくりなのです。
ちなみに近年では菊にも芯が入ったものがあります。
写真に撮ると超新星爆発みたいで、筆者は芯入りの菊が大好きです。
これが極まると見られるのが「八重芯菊」で、実際には三重や四重・五重構造になっています。
各層全てが尾を引くタイプは想像以上に華やかで鮮やかな光の花が咲くので、お近くで大規模な花火大会が催されている方はぜひ観に行って体感してみてはいかがでしょうか。
花火には「柳」がある。
筆者が最も好きな花火は「冠柳(カムロ)」です。
通常の菊よりも長く発光し尾を引くのが「冠」と呼ばれるタイプの星で、
強力な爆薬を使わないことでこの冠の星を遠く飛散させずに、密集して流れさせると柳のような姿になります。
あえてシンプルな白のみで描き出される柳は、長く余韻を楽しめる砂絵のような味わいがあります。
花火とは「花」である。
このように、多くの花火には植物に見立てられた名前が付けられています。
つまり日本人にとって花火はまさに「火で再現する花の姿」なのです。
中でも日本独特に発展した球状花火に「菊」と「牡丹」の名が付けられていることは、
最初に外国人に見せられた花火から「より花らしい姿」を求めて進化していったのか、
それとも球状に作ってみたら「美しい花そのものの姿」に見えてしまったのか、
とても想像力を掻き立てられます。
ただどちらであったとしても、誰かが呼び始めた「花火」という名称は素晴らしく粋だと思いませんか。
身の回りに溢れる”本物”の自然への深い愛を、尊敬を、自分たちの手で再現したい!
そんな情熱から花火は進化してきたのではないかと思うと、また花火の見方が少し変わるような気がしますね。
こぼれ話:鍵屋と玉屋
花火大会の醍醐味といえば、打ち上がった花火にあわせて叫ぶ掛け声「たまやー!」
だと思っている若人はもういないと知ってショックな筆者ですが。
(嘘だと思うなら時代劇や古いサザエさんとか見てみてください。絶対叫んでます)
この掛け声は本来「鍵屋」と「玉屋」の2つがセットで、それぞれ江戸時代に人気を競った二大花火師の屋号に基づいています。
両国の花火大会で、鍵屋の花火が上がれば「かぎやー!」、玉屋の花火が上がれば「たまやー!」と声を掛けていたのが元々です。
ちなみに玉屋は、花火師の元祖である鍵屋から暖簾分けしてもらい独立した、それは凄腕の花火師でした。
その腕は人気に直結し、一時は師匠である鍵屋を凌ぐほどだったと云います。
しかし玉屋は、ある時火事を起こしてしまったことで江戸を追われてしまいました。
こうして玉屋は一代で絶えた一方、鍵屋は現代まで名門花火師として続いています。
にも関わらず、絶えた玉屋は今でも掛け声として残り続け、未だ活躍する鍵屋が掛け声としては忘れ去られ始めているというのは、ちょっと皮肉なお話ですね。
それでは最後に皆さんで、一緒に掛け声をかけてみましょう。
さん、はい!
たーがやー!!(たがやが分からない方はぜひ落語「たが屋」も聞いてみてね)